のど元を過ぎても”原発”忘れず


11年03月24日:木 :"なんだかんだ":日本のゆくえ
*計画停電の詳細ブログ(身近なはずの自治体情報が充分でない場合に備え、しばらくは冒頭掲載)
いすみ市のウェブサイトによると、本日3月24日、いすみ市は計画停電区域から外れた、とある。
福島原発の問題は、核燃料プールや炉心を冷却するための放水作業だけに止まらず、圏外であったはずの近隣の農業、東京の水源にまで及んだ。問題は通常より高い放射性物質が検出されたこと。「ただちに健康を害する事はない」、この「ただちに」に苛立を感じた人も多いだろう。ただちに、ではないなら、1年後は、3年後は、10年後には何かが起きるのか。また乳児は避けた方がいいというが、小学生児童ならいいのか、20代のリスクは、40代は、などなど。東電や政府のアナウンスの曖昧さに憤りを示す人は多い。
だが、信用ならないと疑心暗鬼を増幅させるのではなく、報道される内容を信じ、あまり神経質にならないよう心がけることも大切だと感じる。こうした不安は、たとえ科学的データを示して「安心ですよ」と伝えたとしても完全に不安が消えるものではない。経験したことのない不安の中では、人が合理的な結論に基づく行動を取るのは難しいものだ。
しかし、人は必ず何かを信じ、何かを選択し、そうして生きて行く動物である。近隣の小児科の医師を信頼しているなら、医師のアドバイス通りにしよう。このニュースキャスターを、この番組報道を、この新聞を、このサイトを、それぞれ信じるなら、その通りにしてみよう。多くの報道を比較し、咀嚼し、その上で判断するもありだろう。
朝日新聞の声欄の一つを紹介する。千葉県松戸市に住む76歳の男性。「自分の年齢を考えると、今後汚染された野菜を食べ続けても10〜15年。また癌にかかったとしても末期に至るまで何年もかかる。出荷停止の作物は購入できないから、せめて風評被害の農産物を購入し、何の落ち度もない農家を泣かせない道を選びたい」という。尊く心優しい一つの選択である。
「のど元過ぎれば熱さを忘れる」という諺がある。苦しいことも過ぎてしまえば簡単に忘れてしまうということの喩えだ。原発の問題に関して言えば、今はまだ「のどの途中」だろう。さすがに全てが沈静化してもすぐに忘れるという問題だとは思えない。だが、電気に依存する我々の生活という大きな側面を忘れてはいけない。経済を立て直すため、企業が工場が、家庭が、というようにあらゆる場所で、「目先の電気」を求める声が上がり続ける。計画停電を永遠に続けるというわけにはいかない。
福島第一原発が廃炉になることは間違いない。”安心”とともにその電力不足をどこで補うのか。不足している状況で、全国各地の原発を止めることはできず、まだまだ短期的には原発依存は続く。短期的とはどのぐらいの期間なのか、それもシミュレーションすべきだ。
長期的となると、これは多くの人が思う(願う)太陽光発電や風力発電などの代替エネルギーが登場することは間違いないだろう。日本は風力発電に適した国だというデータがあると聞く。進まなかった理由は原発推進派が勝利したからなのか?耕作放棄地も多い日本に太陽光パネルを設置したらどうかという提案もなされている。
だが、自然エネルギーだから「安全」だとは断言できない。風力発電の羽?が回転する際の独特の周波数音により、めまいや激しい頭痛などに見舞われ健康に害を及ぼした地域もあると聞く。
それでも原発と比較したら何兆万倍もの「安心感」がある自然エネルギー。設置計画の際にはこうした諸問題を回避できるようにプランニングしなくてはいけない。これまた「未経験」なことだからこそ、かなり長期計画にならざるを得ないように思う。
私が懸念するのは、その「長期間」における人々の感心度合いだ。長い間、原発が「問題もなく」動き続けると、人々の間から「2011.3.11」以降の恐怖の記憶が薄れて行く怖れがある。「長期間」の間には、政権が変わることもあるだろう。また、「長期間」の間には、自然エネルギーという理想のエネルギーであるにもかかわらず、企業や政治家の利権争い、進展しない設置地域に関する議論、こうしたことが起きるかもしれない。遅々として進まぬ自然エネルギー計画に業を煮やし、自然エネルギーですら利権争いなのかと呆れ返る人々が増えれば、その間ずーっと人々の電力需要を支えてきた原子力発電への不安は減少の一途を辿り、「まぁ、このままでもいいんじゃあないか」となるやもしれない。
それでもどうにか太陽光発電、風力発電は数カ所に設置されるかもしれない。だが、これらで全てを賄うことはできず、原発依存は引き続く。今のこの気持ち、つまり原発はノー、という強固な姿勢を長期的に貫かない限り、自然エネルギー(水力発電、火力発電も加えるべきか?)で賄う日本という図式は成立しない。果たして、原発をゼロにしたエネルギー計画は可能なのかという、基本のシミュレーションも必要だ。
そして地震大国日本。どこでまた大きな地震や津波が起きても不思議のない国。原発は全て海岸沿いにある。地震が起きないと言われる地域であっても、スマトラ沖の津波のように、遠い場所で起きた地震の余波が津波で現れることもあり得る。福島原発問題は想定外の津波が原因だった。自然災害を「想定」することは不可能だと知らされた気がする。
未来を考えると、原発依存を止めにしたいと願う気持ちから、まだまだ「のど元の途中」ではあるが、敢えてこの段階で原発認識をしておきたいと考えた。「ノー」を突きつけるモチベーションを維持するためにも。
いすみ市のウェブサイトによると、本日3月24日、いすみ市は計画停電区域から外れた、とある。
福島原発の問題は、核燃料プールや炉心を冷却するための放水作業だけに止まらず、圏外であったはずの近隣の農業、東京の水源にまで及んだ。問題は通常より高い放射性物質が検出されたこと。「ただちに健康を害する事はない」、この「ただちに」に苛立を感じた人も多いだろう。ただちに、ではないなら、1年後は、3年後は、10年後には何かが起きるのか。また乳児は避けた方がいいというが、小学生児童ならいいのか、20代のリスクは、40代は、などなど。東電や政府のアナウンスの曖昧さに憤りを示す人は多い。
だが、信用ならないと疑心暗鬼を増幅させるのではなく、報道される内容を信じ、あまり神経質にならないよう心がけることも大切だと感じる。こうした不安は、たとえ科学的データを示して「安心ですよ」と伝えたとしても完全に不安が消えるものではない。経験したことのない不安の中では、人が合理的な結論に基づく行動を取るのは難しいものだ。
しかし、人は必ず何かを信じ、何かを選択し、そうして生きて行く動物である。近隣の小児科の医師を信頼しているなら、医師のアドバイス通りにしよう。このニュースキャスターを、この番組報道を、この新聞を、このサイトを、それぞれ信じるなら、その通りにしてみよう。多くの報道を比較し、咀嚼し、その上で判断するもありだろう。
朝日新聞の声欄の一つを紹介する。千葉県松戸市に住む76歳の男性。「自分の年齢を考えると、今後汚染された野菜を食べ続けても10〜15年。また癌にかかったとしても末期に至るまで何年もかかる。出荷停止の作物は購入できないから、せめて風評被害の農産物を購入し、何の落ち度もない農家を泣かせない道を選びたい」という。尊く心優しい一つの選択である。
「のど元過ぎれば熱さを忘れる」という諺がある。苦しいことも過ぎてしまえば簡単に忘れてしまうということの喩えだ。原発の問題に関して言えば、今はまだ「のどの途中」だろう。さすがに全てが沈静化してもすぐに忘れるという問題だとは思えない。だが、電気に依存する我々の生活という大きな側面を忘れてはいけない。経済を立て直すため、企業が工場が、家庭が、というようにあらゆる場所で、「目先の電気」を求める声が上がり続ける。計画停電を永遠に続けるというわけにはいかない。
福島第一原発が廃炉になることは間違いない。”安心”とともにその電力不足をどこで補うのか。不足している状況で、全国各地の原発を止めることはできず、まだまだ短期的には原発依存は続く。短期的とはどのぐらいの期間なのか、それもシミュレーションすべきだ。
長期的となると、これは多くの人が思う(願う)太陽光発電や風力発電などの代替エネルギーが登場することは間違いないだろう。日本は風力発電に適した国だというデータがあると聞く。進まなかった理由は原発推進派が勝利したからなのか?耕作放棄地も多い日本に太陽光パネルを設置したらどうかという提案もなされている。
だが、自然エネルギーだから「安全」だとは断言できない。風力発電の羽?が回転する際の独特の周波数音により、めまいや激しい頭痛などに見舞われ健康に害を及ぼした地域もあると聞く。
それでも原発と比較したら何兆万倍もの「安心感」がある自然エネルギー。設置計画の際にはこうした諸問題を回避できるようにプランニングしなくてはいけない。これまた「未経験」なことだからこそ、かなり長期計画にならざるを得ないように思う。
私が懸念するのは、その「長期間」における人々の感心度合いだ。長い間、原発が「問題もなく」動き続けると、人々の間から「2011.3.11」以降の恐怖の記憶が薄れて行く怖れがある。「長期間」の間には、政権が変わることもあるだろう。また、「長期間」の間には、自然エネルギーという理想のエネルギーであるにもかかわらず、企業や政治家の利権争い、進展しない設置地域に関する議論、こうしたことが起きるかもしれない。遅々として進まぬ自然エネルギー計画に業を煮やし、自然エネルギーですら利権争いなのかと呆れ返る人々が増えれば、その間ずーっと人々の電力需要を支えてきた原子力発電への不安は減少の一途を辿り、「まぁ、このままでもいいんじゃあないか」となるやもしれない。
それでもどうにか太陽光発電、風力発電は数カ所に設置されるかもしれない。だが、これらで全てを賄うことはできず、原発依存は引き続く。今のこの気持ち、つまり原発はノー、という強固な姿勢を長期的に貫かない限り、自然エネルギー(水力発電、火力発電も加えるべきか?)で賄う日本という図式は成立しない。果たして、原発をゼロにしたエネルギー計画は可能なのかという、基本のシミュレーションも必要だ。
そして地震大国日本。どこでまた大きな地震や津波が起きても不思議のない国。原発は全て海岸沿いにある。地震が起きないと言われる地域であっても、スマトラ沖の津波のように、遠い場所で起きた地震の余波が津波で現れることもあり得る。福島原発問題は想定外の津波が原因だった。自然災害を「想定」することは不可能だと知らされた気がする。
未来を考えると、原発依存を止めにしたいと願う気持ちから、まだまだ「のど元の途中」ではあるが、敢えてこの段階で原発認識をしておきたいと考えた。「ノー」を突きつけるモチベーションを維持するためにも。