幸福な結婚、不幸な結婚LaughFoot in Mouth

友人同士が結婚することになった。二人とも「アラフォー」。とてもお似合いのカップルだと思っている。以前から”怪しい”と睨んでいた二人でもあったし、両者を知っている私としては、性格的にも合うのではと感じていた。何度か「どうなの?」的な質問をしたこともあった。その都度何気なく否定していたのを覚えている。でもしっかりと愛を育んでいたのね、と思うと、心が温かくなってくる。幸せになって欲しいと心から思う。

上述の二人も含め、私の周囲には結婚願望の強い人たちが少なからずいる。以前、そうした内の一人、Kが、私に会うまでは結婚を否定的に捉えていたと告白した。Kの周囲には楽しい結婚生活を送っている例がないのだそうだ。結婚なんて絶対にしない方がいいとか、結婚は苦労ばかりだから独身に限るなど、否定的な発言に包まれたKにとって、結婚を肯定する発言に終始する私はかなり鮮烈な印象を与えたようだ。

しかし、周囲が否定派ばかりだから自分も否定というのは理由として説得力はないし、またいい大人なのだから誰かと交際する事があれば自分の中に自分自身の結婚観が芽生えるはず、そんな他力本願な調子で結婚を考えるのはヘン、というふうに切り返した私。ところがKは、誰一人として結婚の良さを言わないような環境にいることを想像して欲しいと言う。そんな中にいれば結婚に希望を抱けなくなると。それでもKの発言を100%理解することはできない私だったが、確かに良い例が全くないというのも辛い状況かもしれない。特に20代前半の若い時であれば、結婚ということに限らず、生き方の手本も欲しいところ。手本がないままに30代、40代と続くのもしんどい。

私の周囲に居る既婚者たち、離婚者たちを見渡してみても、確かに「良い例」はそれほど多くない。離婚経験のある人が、結婚なんてするものじゃあないと断言する場面に出くわしたこともある。辛い結婚生活だったのだろうけれど、フツーに結婚生活を送っている人に対して「そのうち絶対に苦労するわよ」的な発言はやめてもらいたい。また、嫁姑問題や夫婦問題で悩んでいる既婚者が、これまたフツーに結婚生活を送っている人に対し「あなたにはわからないのよ」的な発言をするのもやめていただきたいと思ったことがある。確かに経験しない限り”わからない”かもしれないけど、想像力を働かせ、感情移入し、その辛苦に対する同情心ぐらいは持ち合わせているつもりだ。だが、斜に構えた否定派は、フツーに楽しく結婚生活を送る人を目の敵にでもしているが如しの剣幕なのである。Kは、こうした類に囲まれていた、ということなのだろうか?

「結婚」は人生においてビッグイベントである。結婚、離婚、再婚、再々婚、再離婚?? 誰もが結婚するときは離婚なんて考えない。その人と一生添い遂げる、という決意の元に行っているのが結婚なのだから。従って一般的には離婚は不幸な出来事に分類される。でも、離婚した方がお互い幸せになれるという判断なのだろうし、最終的には不幸な訳ではない。それに、結婚を貫いているからエラいというわけではない。不幸な結婚を延々と続けている人もいる。別れられない理由は、子供であったり、オンナ独りで生きて行くための金銭的事情であったり。

考えてみると、結婚観は十人十色である。だがそれよりも重要な事実は、結婚観はあくまでも相対的であり、数値にしてもかなり主観的産物であるということだ。つまり、幸不幸度を点数にしたとして、30点をつけたAさんと30点をつけたBさんが「同じ」だとは言えないということだ。30点同士の二人の「現況」を箇条書きにした際、時には暴力を振るわれているAさんと、かなり言いたい放題の発言をしている自称嫁姑問題に苦しむBさん、ということが露呈するかもしれない。

私は新婚ホヤホヤでもないし若くもないから、結婚の酸いも甘いもそれなりに知っているつもりであり、ハートの目をして「結婚はステキよ」などと言っているのではない。でも、男性をある程度吟味できる成熟?した年齢で結婚したこと、またその上で素晴らしい伴侶に恵まれたということから、諸手を挙げて「結婚は良い事」という意見に至っている、だけだ。私が個人的に晩婚を勧める理由がそこにあるが、若くして結婚し、その後も幸せな結婚を続けている人も知っている。また、離婚経験者で、結婚はこりごりとは言うものの、それを他人に押し付けることのない「良識ある」友達もいる。

結婚したいと思う人は、是非結婚してみてください。離婚を考えている人、どうぞ決行してください。ただその際は安易に離婚を考えず、友人知人を始めとして色々な人に相談することを忘れないようにしましょう。はからずも、定期購読している『婦人公論』の特集が「見極めたい、夫との別れ時」となっています。参考になさったらいいかもしれません。