人間界に警鐘、学者から、そして地球からFoot in MouthAngryEmbarrassed

文化人類学者・思想家である、クロード・レヴィ=ストロース氏が10月30日に亡くなった。1908年11月生まれ。目前に迫った101歳の誕生日を迎えることはなかった。ユダヤ人系フランス人家庭に生まれた。御多分に漏れず、太平洋戦争時代はナチスによるユダヤ人迫害を避けてアメリカに亡命。

「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」

これは氏の著書『悲しき熱帯』1955年の冒頭記述の中にある。私は同著を読んでおらず、人類学者としてのレヴィ=ストロース氏をあまり知らない。だが、この有名な言葉だけは私の心を捕らえていつまでも離さない。この言葉かを知った時、思わず同感!、という具合にうんうん頷いていた。この言葉の裏にある同氏の思いは定かではないが、確実に共通する思いはあると確信したからだ。

「共通する思い」とは、私が生物学で少々学んだ事である。人間がいかに傲慢であり、地球に対し厚顔無恥であるかを知らせてくれた恩師ともいえる。テキストはユニークで、46億年と言われる地球年齢を、1年12ヶ月のカレンダーに合わせ、地球の「生い立ち」なるものを綴った年表があった。常に心に留め、戒めとしているつもりであるそれを以下に示す。


単位(目安として):
1ヶ月=3.78億年  1日=1,260万年  1時間=52.5万年  1分=8,752年  1秒=146年

*元旦;46億年前:地球誕生。誕生時は灼熱の世界であり、温度が徐々に低下して海洋と陸地が生じた。
*3月初旬;38億年前:お雛様の頃。子孫を作る能力をもつ生物の誕生。最初の生物は細菌(原核生物)で、海の有機物をエサとして増殖。だが4月には海中の有機物の減少で生物に危機が訪れる。資源枯渇となれば、地球はまた生物のない星に戻る。
*5月;30億年前:ゴールデンウイークの頃。光合成をする生物が現れ危機を脱出。これにより地球に初めて酸素が登場。だが、まだ大気中に蓄積されたとはいえない。十分な蓄積となったのは7月も終わる頃。これで生物が自力で生きて行く道が開かれた。
*8月終〜10月;16億年前〜10億年前:夏休みから初秋。様々な生物が登場するが、現在の感覚で考える馴染みのある生物にはほど遠い。
*11月半ば;5.7億年前:現在のタコ、ウニ、貝類、ヒトデなどが出現。だが、陸には草も虫も存在しない。理由は強いエネルギーを持ちDNAを傷つけ、細胞を死に追いやる紫外線。水とは異なり、陸には紫外線を吸収する仕組みがなかった。解決を見たのは11月の終わり(4億2000万年前)。陸上の植物が登場すれば、それをエサとする草食動物、また肉食動物も可能にする。
*12月2日;3.7億年前:師走に入った頃。カエルなどの両生類、昆虫などが登場し、陸はとても賑やかになる。
*12月8日;3億年前:ジョン・レノンが彼のファンに射殺された日。高さ30m級の大木が森林を作り、それにより大気中の酸素濃度は今のレベルに達した。石炭の大半はこの大森林故にできたらしく、1週間ほど(8,820年)かかった。
*12月15日;2.1億年前:恐竜の登場。しかし、クリスマスが終わった翌日の12月26日(6500年前)に消滅。

*12月27日;(6000年前)〜30日:お正月の買い物やおせち料理作りに忙しい時。ここまで年の瀬になっても人間の祖先は姿を現さない。

*12月31日の午後12時30分;600万年前:チンパンジーと分かれたヒト登場。
*12月31日の午後4時30分;400万年前:祖先の猿人登場。
*12月31日の午後9時過ぎ;150万年前:原人登場。
*12月31日の午後11時54分;5万年前:除夜の鐘を聞く頃。現世人類登場。

*12月31日の午後11時59分頃;1万年前:農業スタート。狩猟採集から農耕民への切り替え。ここから人類の繁栄は著しい。

*12月31日の午後11時59分59秒5;約80年前:既に秒読み状態にあるこの時、人類は科学文明に突入。

100年にも満たない間に、我々人類は鉱物資源を枯渇寸前にまで至らしめた。だがこの言い回しは人間を中心にした感情表現である。枯渇で困るのは人間。鉱物資源が必要な人間が現状を危機的に捉えている表現だ。地球にしてみれば、地球上の物質の1つが減ったに過ぎない。また、「人間にとって悪しき状況」である、地球温暖化、熱帯雨林減少、オゾン層破壊、などが急激に進み、結果として人類滅亡に至ったとしても、これまた地球にしてみれば、細菌や貝類の一つが死滅したことと同様に、人間という一種が滅びたに過ぎない。滅亡原因が核戦争であっても同様だ。

しかし、人を介して聞こえてくるのは、”地球は人間なのだ”、的な同列の扱い。そして地球に主体性を持たせ、地球を一人称、主語にした言い回し。地球が悲鳴を上げている、地球環境のために二酸化炭素排出量削減、とか、地球環境のために太陽エネルギーを使いましょう、などなど。それらは全て「人間界のために」と言い換えるべきではないだろうか。

地球は常に受け身である。46億年も生きている地球の歩みは悠久の昔から変わらない。緩慢にも見えるその動きの中、数千年、数億年というとてつもなく大きな計り知れない単位で地球表面は変化をし続けているのである。酸素を例にとるならば、酸素は登場した時点での量は生物にとって十分ではなかった。その後地球表面で様々な動きが生じ、十分な酸素量になるまでには登場後10億年以上もの時間がかかっている。

遅々として見える地球の歩みは着実なのだ。地球が謙虚である証ではないだろうか。地球を一人称扱いするならば、こうした謙虚さで示して欲しい。地球と比較してみると、0.5秒前に産まれた新参者「現代人」の我々はなんと気ぜわしいことだろう。鉱物資源の利用価値が高いと知るや否や、掘り尽くし、使い尽くし、そして反省する。医学・科学技術面においても同様だ。ダイナマイトを開発し、殺戮に使い、その反省が「ノーベル賞」。戦後のシラミ退治に効果を発揮し魔法の粉と言われたDDTだが、その後発癌性が疑われ使用を中止。軽くて便利なプラスチック類が瞬く間に普及するが、ダイオキシン問題が発生し反省。

人間が科学的に合成して作った問題物質は、誕生から反省までがわずか数十年。しかもその問題物質は人間の死を大量に招き、人間の健康を代々に渡って阻害し、動植物や森林を滅亡に導いている。生物界で一番インテリジェントであるはずの人間は、常に付け焼き刃の研究開発しかしていない。目先の利益だけを追求する近視眼的発想だ。人間が億年単位、せめて千年単位で科学技術開発を考えることはあるのだろうか。いや、そんなことは可能なのだろうか、という疑問が先に立つ。

地球に主体性があり意思があり、憲法があったなら、先のような悪行三昧の我々人類は「極刑」だろう。だが、地球はあくまでも事態を静観するだけ。いや、刑の執行は既に始まっているとも。何せ、たっぷり時間をかけるのが地球流なのだから。

夥しい数の生物種が地球上に存在するが、異端なのは人間だけ、正統でないのは人間だけ、のように感じられる。今後も科学は発展し続けるだろう。我々の生活を「便利」にし、「より良く」してくれている事を否定はしない。だが、この非正統派の人間が地球上の生物分布を加速的に変えるパワーを持っていることは事実だ。人間はそれをしっかりと認識すべきである。流行の言葉で言うならば、サステナビリティ(sustainability)、持続可能性。目先の利益追いを止めたなら、この持続可能の「時間範囲」をできるだけ長いスパンで考えられるようになるはずだ。地球寿命に関する天文学上の学説は別として、今後何十億年と続くかもしれない地球上の人間の営みを人間自身が想像力をもって考える努力をすれば、もっともっと地球に対し謙虚な気持ちになれるのではないだろうか。

オマージュなど身の程知らずであることは重々承知の上で、レヴィ=ストロース氏へ贈る。
「人間が死滅しても地球が涙することはない、地球は残りの生物とともに淡々と歩み続けるだけだ」