悪気はない言葉HappyWinkingLaugh

人とは「悪気のない言葉」に傷つく動物であると思う。日常の中で接する友達や知人とのやり取りの中に、「悪気のない言葉」はたくさん散らばっている、のだろう。「Z子って、悪気はないのかもしれないけど、私は傷ついたのよね」などという会話はよく耳にするし、私自身も発することはある。

傷つき度合いはそれぞれながら、それが元で「絶交」や「絶縁」になる例もある。だが、大半はそこまで極端な結果とはならず、誰かにちょこっと愚痴を言うだけで気が済み、「悪気のない言葉」を発した人物とフツーにお付き合いを再開させるのである。だからこそ、「ふだんはすごく優しくていい人なんだけど」というセリフが、愚痴の言葉の前段として、まるで枕詞のように置かれる理由だろう。

また、傷つく、ということ自体も、その時の心理状態によってかなり異なる。私生活がいまいちうまくいっていない、彼氏との仲も足踏み状態、などなど、心があまり元気でない時には大きく傷つき、その逆で元気いっぱいの時には気にもならない、ということもある。また、性格の個人差も大きく起因する。「悪気のない言葉」と「傷つき度合い」の相関関係は複雑多岐にわたり、一筋縄では行かないのだ。

では、一方の「悪気のない言葉」を「発する」側はどうなのか。先の傷ついた人を被害者とするなら、発する側は加害者といえる。だが、被害者は常に被害者とは限らず、知らず知らず加害者にもなっているはずである。何故なら、「悪気はない」つもりで発している言葉なのだから。第三者への愚痴で気が済む程度のことが多い以上、相手が傷ついたかどうかを加害者側は知る由もない。

犯人探しみたいで恐縮ではあるが、「悪気はない言葉」に関し何が一番「悪い」のかを確認する一つとして、統計的に「悪気のない言葉」を「一番多く発する人」という計り方が考えられるのではないだろうか。その際、「あなたの友達の中で誰が一番悪気のない言葉を発すると思いますか」と一人一人にアンケートを取るのは人間関係を台無しにするので止めよう(笑)。そうではなく、あくまでもひっそりとプライベートに統計を取ろう。これまで接した様々な人たちを頭の中に思い描き、人から聞いた話、自分自身が人に話したこと、それらの中から誰が「悪評」が多かったかをチェックしてみよう。誰が出てくるだろうか。

悪評のトップに躍り出た人は、少なくとも何らかの”反省”が必要な人物なのかもしれない。だが一方では、あなたのことを知る誰かが悪評チェックをした結果、あなた自身がトップに上がっているかもしれない。”反省”すべき人物を頭の中で描くと同時に、誰か第三者の頭の中にあなた(私も含め)が、”反省”すべき人物として俎上に乗せられているかもしれないのだ(笑)。