祈り、そして未来への


11年03月14日:月 :"なんだかんだ":日本のゆくえ

東北関東大震災。もうこれで名前が決定した様子だ。マグニチュード8.8が上方修正され、9.0となった。チリ、アラスカ、スマトラに継ぎ、4番目に大きな地震だそうだ。未曾有の天災とそれによる大惨劇。ライブで流れる津波の猛威に目を塞いだ人もいただろう。家、車、船、そして移動中の車を飲み込むシーンもあった。
富山を始めとした日本国内、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスなど、親族友人知人皆から連絡をもらった。ここ千葉県外房地域も、当初は10メートル級の津波が予測されていたが、実際にはそうではなかったようだ。海岸沿いに住む友達たちがいるが、知っている範囲内では誰も避難はしていなかった様子だ。地震の揺れは長く、これまで経験したことのない恐怖を味わったが、幸い倒れて落ちたものはファンデーションのチューブ程度。
今回、色々なチェーンメールが行き交っているらしく、枝野官房長官が根拠の無い情報に耳を貸さないよう注意を呼びかける記者会見があった。
私が受けたのは2種類。一つは「化学薬品の雨」。市原のコスモ石油爆発により、化学薬品も流れ出、化学薬品が雨に混ざって降ってくるということで、傘やレインコートを塚用にという注意。
もう一つは、「停電」。東京電力の発電所が止まり始めているため、関東一帯で停電の可能性があり、早ければ3月12日(日)の夕方から始まる。風呂に水を貯め、飲料水を用意し、ロウソク、懐中電灯、携帯の充電など、準備すべきことを示唆したもの。
化学薬品に関しては、ウェブニュースなどでも直接名指しで「誤り」を指摘している。停電に関しては昨日あたりから、新聞に載り、夜には経済産業大臣の発表、また東京電力自らの記者発表により、「輪番停電」「計画停電」という方法が示された。
では、化学薬品の雨はインチキだったが、停電はホンモノなのか。イヤ違う。停電のチェーンメールは公に報道がなされる手前で送られてきた。準備すべきことが書かれているが、どのような停電なのかを示していない。そのため、備えに対するアドバイスの詳細が、逆に不安を倍増させる。風呂に水を貯めておかなくてはいけないぐらい長期間の停電なのだろうかとか、飲料水を買いだめしなくてはいけないだろうか、冷凍庫のものはダメになっていくから、保存食品を買いだめしておかなくては、などなど。
これでは恐怖を煽るチェーンメールだ。記者会見で明らかにされたのは、計画停電は3時間ぐらい。電力の大型利用者である企業、そして一般家庭。支障が出ないよう最小限の範囲で計画停電を負担してもらう旨の話だった。地域ごとに分け、3時間ぐらいずつ停電を覚悟してもらう。これならそれほど不安はなく我慢もできるのではないだろうか。そしてさっそく今朝は、JR東日本の鉄道がこの計画停電に伴い、いくつかの路線が運休になった。内容を知る「前」と「後」では全く不安の”量”が違う。
このチェーンメールの一番の問題は、メールの差出人が常に「信頼のおける人」であることだ。仲良しのKちゃんから、P君から来たメール。KやPも信頼できるDやTからもらい、DやTは信頼できるWやO、WやOも信頼できるYやE、そしてまたその先をたぐっていくと、全員が信頼できる人からの発信となり、当然それを信じ、別の友達たちにその情報を伝えようとする。でも、「最初」にはなかなか行き着かない。
そしてその「最初」の人にまつわる”肩書き”。「友達の父親がコスモ石油に勤務」、「茨城県原発研究員義兄」、「東京電力に勤務する親戚」などなど。その”当該企業”に勤務する情報提供者を示すことがミソ。すると、メールをもらった時起こる心理は、常日頃から信頼をおく友人知人からの直接のメールであるため、「コスモ石油に勤務する友達の父親」「原発の研究員義兄や親戚」、この「最初」の情報源と信頼できるメール送信者との間にあまり”距離”を感じなくなるということ。極端にいえば、「コスモ石油勤務の友達の父親」とは、メールを直接くれた信頼できる友人知人自身の”友達の父親”、或いは”義兄”や”親戚”なのかもしれないと思うのだろう。
過去にはこんなことがあった。不足はないにもかかわらずトイレットペーパーを買う人たちが溢れかえり、あちこちで品切れとなった第一次オイルショック(40年ほど前)。こんなことにはなっていないと信じるが、公にされた計画停電発表のどのぐらい前からこうしたメールが始まっていたのか。その時期によっては、ペットボトル水や保存食品などが売り場から消え去ることも考えられた(どこかでは起きていたかもしれないが)。
なかなか明確にされない福島原発爆発の記者会見に苛立を募らせ、政府は信用ならないと思った人も多いだろう(本当は信用ならないのは東京電力側だが)。だから、なんのアナウンスもないままいきなり停電になることや、化学薬品の雨も降るかもしれないと、そう感じた人もいるのかもしれない。でも、こうしたことこそ冷静になって考えてほしい。「確からしさ」を。
日本ではあまりの惨事が続出した時、「年号」までも新しく変えて再起を図った時代があったそうだ。何かの番組で評論家が話していた。経済低迷を始め、内外に多くの課題を抱える日本。今回の惨劇は目に見えぬ力からの”試練”なのだろうか。試されているのなら、皆で手を取り合い、自分に出来る事を考え、小さくてもいいからそれを実行して行く。これが大切なのではないだろうか。つまりそれは、冷静になり、想像力をめいっぱい働かせ、考える力を養うこと。「無知の知」を説いたソクラテスに倣い、肩の力を抜き、謙虚になり、見る目を養おう。
最後に、この天災により亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げたい。そして、避難場所で不安な気持ちを抱えながら過ごしている皆さんが一刻も早く、これまでの生活に戻れるよう、心から手を合わせる。