タクシーの中の人生模様WinkingWinkingLaugh

東京で時々利用するタクシー。終始無言のタクシードライバーもいれば、終始喋りっぱなしのドライバーもいる。会話をするしないに関わらず、料金を払って降りてしまえば通常は忘れていく対象。

ところが今年は印象的なタクシードライバー2人に出くわした。

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一人目のドライバーは、とても爽やかな印象。話題は政権の話。私の過去の経験では、何故かこの手の話の時、決まってドライバーたちはネガティブ。時には斜に構え、どうにでもなれと、捨てっぱちである場合。また、応援する党がありながらも話し振りはネガティブ。狭い車内を暗い雰囲気でいっぱいにする。

だが、今年遭遇したこのドライバーの場合、決して政治に高望みをする言い方はしないのだが、かといって罵倒するでもなく諦めた言い草をするでもない。淡々と話すのだが冷たい感じはなく、しかもそつのない話し振りである。ドライバーが話した実際の文言は確かではないが、政権がどう変わったとしても生きて行くのは自分自身の足なのだということを、お仕着せでなく、諭すでもなく、あくまでも冷静に語るのである。

そして色々と話しているうちにわかったことは、彼は元々輸入服飾関係の店舗を構えていたこと。景気後退で店を維持できなくなったために閉店し、顧客に直接販売する無店舗に切り替えた。年に数回はイタリアに買い付けに出かける。平日は顧客対応、そして土日だけタクシードライバーとして働いているのだとか。栃木に家があり、妻子はそこに住む。彼は東京に単身赴任とも。イタリアが大好きで、引退後の移住を考えているのだとか。

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二人目のドライバーは、とても柔らかな第一印象から始まった。話題は宝くじ。”日本一”の西銀座の宝くじ売り場が目に入り、自然に。1千万円当たったらの質問にそのドライバーは、まだ1歳の子供がいるため、教育費その他に、と。むむ、背後から見てもゴマ塩頭。ちらっと前座席の写真を見るも、やはり60歳ぐらい?と。1歳のお子さんねぇ、と思いつつも、次なる額は5千万円に。すると、しばし考え込んだドライバーは、「ちゃんと家(分譲アパート)を買いますね」と。何か事情がありそうな雰囲気を察する。もしも話したければ話すだろうと思い、少し間を置く。すると、そのドライバーは身の上話を切り出した。

小さな工場を持っていたドライバー。妻も子もあり。2年ほど前に友人たちと一緒に外国へ出かけゴルフを。同じゴルフ場で彼らの前方でプレーをしていた女性たちがおり、ひょんなきっかけから皆で食事をすることに。そしてその中の一人の女性に恋をする。彼女は20歳ほど年下。中学生の子供が一人。夫とは死別の未亡人。

当然、自然、必然、ねんごろな仲になる。妻に打ち明けると、全財産放棄するなら離婚を承諾すると言われる。そしてその通りに。ただ彼の誤算は、財産を放棄しても、工場には残って仕事ができると考えていた事。だが、全財産放棄が意味するのは、彼が持っていた会社の株も全て放棄となる。工場は既に息子が采配を振る。世代交代はできているのだ。そうなるともはや財産のない「60男」は「用無し」だと、彼の妻が三行半を突きつけたのかどうか、細かい心理詳細はわからないが、会社もクビになる。とにかく体よく追い出されてしまった。

60男の再就職が難しいのは世の習い。そして彼はタクシードライバーの道に入る。望んでこの道に入ったというよりも、これしかなかったという雰囲気があった。それにしては柔らかで明るい印象だった。もちろんその理由は、愛する女性と再婚し、現在1歳になる子供もできたこと、だろうと思う。今は東京で賃貸アパート暮らし。連れ子がとても親思いでいい子なのだと嬉しそうに語るドライバー。妻は掃除の仕事をしている。

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タクシードライバーでふと思い出した事がある。好景気に支えられていた四半世紀ほど前、タクシーに乗った。そのタクシードライバーは自費出版で本を書いたようだ。たまたまそのタクシーに乗った私に、彼は軽快にセールスを始めた。助手席に平積みされた著書。客との面白い出来事を綴ったのだそうだ。セールストークにつられて思わずその著書を購入した。もう私の書棚にはないが、後部座席の珍なる忘れ物、女性客と「いい関係」になった事など、色々なエピソードが書いてあったように記憶している。

本も出版するタクシードライバーはさすがに異質かもしれないが、バブル期に限らず好景気に支えられた時代は東京のタクシーも活気があった。電車など使うことがなかったようなバブル期の夜に至っては、タクシーがなかなかつかまらなかったものだ。

それに比して考えると、先の2人のドライバーはまさに現在の不景気風の影響をまともに受けているといえる。そうした中でも、幸せに向かって前向きに生きている2人のドライバーには頭が下がる思いである。しかし、服飾の方のドライバーは目標に向かって邁進しており、それほど心配はない気がした。

だが、お節介ながら、1歳の子の親となった60代の男性は少々心配である。今はまだ新しい生活がスタートして1年程度。自分の決断を誇らしく感じているに違いない。ゼロスタート、貧しくとも愛があれば、その気持ちが十分に支えになる。だが、蜜月は必ずしも永遠ではない。敢えてシビアに考えるならば、蜜月にかげりが見えた時、お金の問題は冷酷に家族を分断する可能性がある。会社の経営者であった自分、持ち家もあった自分、仲間とゴルフができた身分、そうした自分を羨望的に回顧し、全財産を失った代償は高かったと後悔の念に苛まれることが、ないとは言えない。この家族の幸せが続くよう心から願う気持ちになった。

悲喜こもごも、だからこそ人生は楽しいのかもしれない。楽しく幸せだけの人生では人の悲しみや苦しみがわからない。この成功は自分の努力によるものであり誰の助けも借りていないと豪語する人がいるが、こうした人は人の苦を知らないままなのかもしれないと感じる。人は人によって支えられているのであり、”独力”は言葉として存在していても、生身の人間関係、生きる営みの中では、決して存在しない意味合いだと思う。

2009年、辛い1年だったと感じている人、及第点を上げてもよしと思える人、満点に近いと感じている人、それら全ての人たちに幸せなことがたくさん起こる2010年でありますように。

2010年まであと7日、チクタク、チクタク。