農業後継者難
09年09月24日:木 :"なんだかんだ":考える
犬の散歩道の途中にある梨園。昨年まで、80代と思われる夫婦が営んでいた。リヤカーに梨を乗せての収穫の帰り道と犬の散歩時間が重なることもしばしば。金婚式など遥か昔と見受けられる老夫婦。柔和な笑顔で、リヤカー座席から丹精込めて栽培した梨のお裾分けをいただく。夫婦も犬を飼っている。しばし犬の話になる事も。
梨の季節はそんなひとときを楽しみにしていたが、今年からは叶わぬ夢となった。梨園が無惨な姿に。廃業か。お子さんは跡を継がなかったのだろうか? 親戚は? 梨園として第三者に譲渡はできなかったのか? 様々な疑問が浮かぶ。
あの優しい笑顔、大先輩に対し失礼ながらとても可愛らしい老夫婦の二人三脚、あのリヤカーを見ることはないのかと思うと寂しい。年をとったらあんなふうな「じいちゃん、ばあちゃん」になりたいねと、夫とよく話をした。だのに突然。なんだか寂し過ぎる。
果樹園放置は害獣とされるタヌキなどをいたずらに招いてしまう結果となり、近隣の梨園に迷惑がかかるということなのかどうか、のれんを下ろした途端、情け容赦のない造成作業。長年育て上げて立派に太った幹を持つ梨の木が根元から切り刻まれ、この写真の数日後には根も全て抜かれていた。
後継者難は農業全体に言えること。稲作農家も同様。農業従事者の高齢化、農業従事者の大半が兼業農家であり、専業農家は少ない。兼業農家は企業に雇用される「会社員」の顔を持つ。農業を中心とする第一次産業が経済の主要部門であった昭和20年代。その頃産まれた団塊の世代のほとんどが会社員に。今では会社員2世、3世も。親の代は専業農家だと答える人はほとんどいないだろう。
余談だが、「親の背中を見て育つ」という言い習わしはもう通じないように思える。農業や地域を担う商店街自営など、これらが盛んな時代にこそ当てはまる言葉ではないだろうか。家で親の手伝いをしながら、働く親の背中を見、そこから何か生き方のヒントを得ていた。将来は家業を継いで「百姓」に、「海苔屋」に、「金物屋」に、「酒屋」に、という声は激減している。「親」の大半は会社員である今日、働く背中を見せることはない。家にいる時はオフタイムであり、本来的意味の「背中」ではない。仕事で忙しい会社員の親は、週末の「家族サービス」に努める。
以前、「会社のお父さん訪問」という企画をニュースで見たことがある。てきぱきと仕事をこなす父親の姿。インタビューに応じた小学生の子供が、「お父さん、かっこいい」と照れながら答えていた。家で遊んでくれる父親しか知らない子供達に親の背中を見せようという企画だったのだろう。会社員の親は、背中の代わりに「教育」を子供に与える。将来どんな職業に就くにしても、まずは「大学だけは行っておけ」というような。子育て経験のない私には言えた義理ではないが、社会学リサーチからもこの事実は指摘されている。
私が住む近隣も小作農、家族経営という日本の農業の典型。稲刈りの中心世代は50代から70代位まで。子供たちは成人して都会で会社員。その子らが水田を耕してくれる保証はない。ここでもたくさん「背中」が消えて行く。