若者が大志を抱けるかEmbarrassedFoot in Mouth

大学生の就職活動、いわゆる「就活」は今や3年生の時点でスタートしている。そうした中、つい先日、キャノンマーケティングジャパンが「採用活動を遅らせます」という宣言をした。この宣言の背景には、業績悪化と早過ぎる就活への問題提起、この2つがあり、後者に関し同社は、「学生の皆さんから学ぶ機会を奪っているのではないか」と伝えている。

そもそも3年生からの就活とはなんであろうか。昔は4年生になってからだった。学業の妨げにならないように設定(青田買い抑制の意味もあったかと)された就職協定が廃止され、就職活動の時期が早まったとのこと。3年生就活肯定派の中には、4年は卒論で忙しく、3年就活はありがたいという者もいる。だが一方では、3年で内定をもらった学生が、1年半後の新卒時にその企業から内定を取り消されたケースもあった。不況による理由だが、確かにこの経済不況下で考えると、内定した企業が1年半後に倒産などということもあり得る時代だ。また、3年生時にあまりにも就活に勤しみ、4年生時にはただ遊んでいたからなのかどうか、まともに”日本語も使えない”社会人となり、就職先の企業が大学側にクレームを申し渡す例も耳にした。

就活が早まっている反面、通年採用の企業も増えている状況も耳にする。即戦力が欲しい企業としては「新卒」にこだわることはない。だが、この場合はそれなりの”スキル”があってこそなのかもしれない。

総じて見ると、日本における4月の新卒一斉採用体質はまだまだ健在だといえる。”新卒神話”が作り出した弊害は「フリーター」というネガティブな言葉を生み出したように思う。フリーター歴のある多くの若者は未だに正規社員登用への道が開かれていないと聞く。たまたま就職氷河期に新卒となった運の悪い若者たち。だが就職氷河期にも「閑」があった。それは団塊世代の一斉定年退職時である。だがその後すぐに「リーマンショック」により氷河期が再燃した。ラッキーにもこの「閑」の時期に就職できた若者と、先のフリーターたちには何ら”差”はない。あるのは「運」だけだった気がする。精神科医の香山リカ氏は「貧乏くじ世代」と呼んでいる。

新卒を重視し、フリーターを避ける企業体質は、もう一つの弊害を生み出している。それは、新卒時点でまだ就職先が見つからない者に対し、大学側が1年間の「学籍」を与えるということである。つまり、大学生活5年目で就職活動を行い、翌年4月を”新卒”とすることである。5年目の学籍を得られなかった者は「就職浪人」となる。企業はこの就職浪人を敬遠する傾向がある。5年目の学籍を得て就活する者、5年目の学籍がないままに就活する者、両者に何の違いがあるというのだろう。先の「貧乏くじ世代」、「就職氷河期の”閑”の者」、この両者に差がないということと同じではないだろうか。

企業が「人を見る」よりも「新卒」を見続けている限り、こうした弊害は続く。いっその事、卒業後の1〜2年は社会を見て学ぶ猶予期間にしたらどうなのだろうか。ボランティア活動に勤しむもよし、金銭の余裕があれば世界を旅するもよし、また複数の企業でアルバイトをするもよしだと。「大学生超・社会人未満」というようなモラトリアム期間の提案である。自発的ではなく、必然的にこの期間に置かれているのが先のフリーターたちであることはなんとも皮肉であるが。