きちんと眼を見てくれる人にWinkingLaughHappy

101110b
眼鏡歴ももう10年ぐらいになる。そして最近、またまた眼鏡の具合がいまいちとなりつつある。老化が進んだ眼のためにまた眼鏡の処方が必要となった。まずは眼に異常がないかを眼科でチェックしておこうと考え、近隣の眼科医をネットで調べる。ひとつの眼科医に行き着く。サイトにはおや?と思う事が書いてある。「眼鏡の処方は医師のみに許された医療行為です。処方は眼科医で行いましょう。眼科検査なしで眼鏡を処方する事はとても危険な行為です」とある。

これまで眼科と眼鏡店、両方で処方してもらった経験がある。眼鏡歴は浅い私だが、何かキナ臭い感じがした。ネット検索すると、色々な問題点があるようだ。全容を把握するには時間がかかるしそこまでしたいとは思わない。ここでは私が感じたことだけを述べる。

まず、「処方」が医療行為であることは間違いはないが、言葉に惑わされてはいけない。正式名称はさておき、眼鏡店で行う、「視力チェック」、それに合わせた眼鏡づくりは違法ではない。眼科医でのチェックは眼科医が行うのではなく「認定眼鏡士」という資格保持者が行う。認定眼鏡士から上がった「書類」にオーケーサインを出すのが医師であり、そこで初めてその書類は「処方」となる。眼科内の認定眼鏡士チェックのみで処方はもらえず、必ず医師の診療とセットだということだ。

自分自身の経験を通じ、実はここに違和感を感じた。医師の診察で眼に問題がなく単に眼鏡処方を変えるだけといった場合、眼鏡の具体的な相談は認定眼鏡士に尋ねて欲しい、といった様子があからさまだ。一方の認定眼鏡士。彼らはかなりの専門性をもってその任務に就いている。処方に関しては医師よりもよっぽど「センセイ」と呼びたくなるぐらいだ。処方のために押すハンコ以外、医師が「処方を作成している」とは全く言えない。眼鏡士に全てをゆだねる医師。これが眼科医での処方の現状だ。

そして、眼鏡店。こちらには必ずしも認定眼鏡士が常駐するとは限らないようだ。だが、その肩書きが有る無しにかかわらず、私がレギュラリーに出向く眼鏡店のスタッフは信頼に値すると思っている。眼科医の認定眼鏡士と眼鏡店のスタッフは、どちらも専門性が高いと感じた。

両者が同じようにレベルが高いのであれば、私は眼鏡店の方が良いと思う。何故なら、眼科医ではイモでも洗うかのように患者が列をなして並んでいる。認定眼鏡士の役割は、とにかく早く患者を「さばく」ことだろう。しかしこちらにしてみれば、命綱とも言える大切な眼である。がっぷり四つに組んで取り組みたいし、眼鏡士にもそうあって欲しいと思うものである。眼鏡士がレンズを入れ替えて善し悪しを尋ねる時も、時にはレンズの入れ替えを何度も繰り返さないと不確かで答えられない場合もある。また、善し悪しの回答を示してはみたが何か不確かさが残る場合もある。だが、ベルトコンベア式に済ませたい眼鏡士から滲み出る繁忙の雰囲気メラメラの空気に煽られ、不確かなままで次に進んでしまうことが多い。まっいいか、では本当は済まされないのが眼の処方だと思いながらも、現実の気忙しい雰囲気にはなかなか太刀打ちできない。そして時間の問題。順番が来るまで待たされる時間は長く、自分の順番がくればベルトコンベア式に急がされ、しかもそれで終わりにはならず、またまた待合室で長い間待たされ、ようやく医師に会い、処方以外の診察をされた上で処方をもらう、という段取りだ。混み具合によっては半日がおじゃん(古い?)である。

そんな眼科に行くよりも、平日の空いた時間の眼鏡店。これが私の選択だ。もちろんきちんとした専門性のあるスタッフを見つけることが必要だが、ひとたび見つけたならば、そこをレギュラー眼鏡店と考えればよい。何代も切り替えた眼鏡歴がカルテのようにそこに保管されている。かかりつけ医ならぬ、かかりつけ眼鏡店。私のかかりつけ眼鏡店は、保証期間はもちろんのこと、毎年誕生日近くになると数千円分の割引クーポンが送られてくる。定期的な眼鏡チェック案内もある。眼鏡のネジの緩み、鼻や耳への収まり方調整や不具合の直しなどはいつも無料でやってくれる。期限が切れたクーポンを恐る恐る出してみた所、笑顔で割引いてくれた。

眼鏡処方の前に眼科医に診てもらうことは大切なことだと思う。加齢とともに起こる白内障や緑内障、他の疾患があるかもしれない。だが、ひとたび問題なしのお墨付きをもらったならば、眼科医内の認定眼鏡士を選ぶもあり、眼鏡店のスタッフを選ぶもありだと思う。技術的、専門的にはどちらでも構わないはずだ。

眼鏡の処方は医師ではなく、もう眼鏡店に全てを任せた方がいいのではないかという事を問題提起している人たちがいる様子だ。先のキナ臭さはここにあった。書類に押捺するだけの眼科医という処方の事実。それでも医療行為の中に眼鏡処方を置いておく理由があるのだろう。しかし、眼鏡店での「処方的行為」により眼鏡を作ることが違法でないのなら、それほど頓着する必要も今のところは無い。キナ臭さはもっともっと奥深いのかもしれないが、今はあまりジャーナリスティックな考察に持って行きたくはない。気にせずにおこうと思う。何よりも大切なのは、自分自身も眼をしっかりと見開くことであり、自分の眼をしっかりと見てくれる人を確保し維持することだ。