お腹休日と英語漬け

09年10月29日:木 :"なんだかんだ":考える

鉄の胃袋を誇っていたつもりだったが、急性胃腸炎に。食あたりが主な原因だと推測したが、友達はストレスや精神的なこともあるわよと。ふむ。あとは歳。いつまでも若くはないというより、もうトシなのだという証拠。トホホ。夫は、鉄の胃袋を返上し、アルミの胃袋ぐらいにしたらどうかとアドバイス。これってアドバイスなんでしょうかね(疑)。
処方薬は3日分。耐性の関係もあり、最後まで飲みきるようにとの看護士命令。Yes, I will.素直に。。副作用のためか、胃腸の働きが緩慢に。胃袋の膨満感も煩わしい。でも食欲はある(笑)。

膨満感が最たる日、その日はスローdayに決定。久しぶりに満喫のゆったり感。昼食後、衛星放送で映画三昧を決め込むが、どれも見たものばかりで今ひとつ。でも一つ選ぼうとチャンネルルーレット。

で、『プロヴァンスの贈りもの』に決定。監督は『ブレードランナー』のリドリー・スコット。彼にしては異色のロマコメ(変換して最初に出たのが「露真米」(笑)。異色といえば、主演のラッセル・クロウも珍しくロマンスコメディに挑戦の映画。ロマンスの相手は『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』でオスカーを受賞したマリオン・コティヤール。そういえば3人ともオスカー受賞者、なのだが、映画はフツー。でもプロヴァンスの景色と家の描写はなかなか。さすが映像の魔術師リドリー・スコット。
この映画はなんとバイリンガル放送。通常は字幕で見ている。完全バイリンガルとはとても言えない私(汗)。映画の内容によっては字幕を追いっぱなし(笑)。でもこの映画は以前に見ているし、こういうロマコメものはストーリー展開が単純明快。さして英語も難しくはないはず。とにかく日本語では演技が伝わらないし違和感がありすぎる。
特に大きな問題もなく見終えた。だが、久しぶりの英語音声映画で面白いことに気づいた。2つある。1つは、こういう手合いの映画は字幕の時も耳を傾けて英語で演技を聞いているつもりだったが、かなりの字幕カンニングに気づいたこと(笑)。字幕を頼りにすることはあっても、それはあくまでも「時々」だと思っていた。ところが少なくないカンニング事実を認めざるを得なくなった。いや、数の問題よりも質的な問題なのだが。
何故認めざるを得なくなったのか、それが気づいたことの2つめに関係する。2つめは、映画を見ている際、そうだこれが英語漬けの感覚なんだなと改めて気づかされたこと。字幕がないということは日本語が全くないということ。俳優が急に日本語セリフで喋るわけはない。頼れるのは自分の耳だけ。見た事があるとはいえ、時間がかなり経過しており、ストーリー展開も忘れているところがある。
英語だけなのだから、わからない単語や言葉は私の耳がそれを自然に通過させていた。通過させ、すぐに次のセリフを耳が追っていた。この繰り返しにより、ストーリーに大切な部分をあまり逃さずに済んだ気がした。セリフまわしの妙、セリフのタイミングと目線や表情、これらは映画鑑賞に必要不可欠な要素。わからない言葉を字幕で追ったほんの1秒の間に、この不可欠な要素をたくさん逃していたのだ。「あれ、こんなタイミングでこんなことを話していたんだ。前見た時もそうだったかな」とか、「この間合い、なかなか絶妙だけど、こんな場面あったかしらね」など。字幕から俳優の演技に目線を戻すまでの間は、面白いシーンを見逃すには十分な時間といえる。つまり、かなりカンニングに時間を取られていたということになる。今後の字幕映画の見方を改める気持ちになった。


「英語漬け」での映画鑑賞は外国語のイマージョン教育を思い起こさせる。「英語漬け」はイマージョンそのもの。環境を全て英語にすること、英語に浸りきった生活をおくること、こうして英語を修得させるプログラムだ。
考えてみると、日本在住の外国人の方々は「日本語漬け」、「日本語イマージョン教育」の可能性のど真ん中にいることになる。しかし、ふと私の周囲を見回すと、せっかくのその可能性、チャンスを使い切っていない人が半分以上。私が知る彼ら彼女らは100%英語圏。反面、この20年位の間で、日本語を話す英語圏の人がかなり増えたようにも思う。
日本に居るという、千載一遇のこのチャンスを何故活かさないのか? 答えは「興味」の問題。日本を嫌っているわけではないし、日本人の友達がいないわけでもない。というより、日本が大好き、ビジネス滞在でビザも更新予定、配偶者や恋人は日本人、というケースが多いぐらい。でも、恋人や配偶者は英語を話し、日本人の友達も英語で話しかける。ビジネスも英語で済んでいる。日本は好きだけど別に日本語は必要なし、なーんていうことなのか。

英語圏の人に厳しいという噂のフランス人。英語で話しかけてくる米英人にフランス語で返すのはパリでは常識だとか(東洋人だからか、私はそんな目には遭いませんでしたが)。日本でも同様のことをすれば変わるのか。いや、片言でも英語を喋る日本人は妙に英語を使いたがる、という事実もあるらしい。私もついつい英語で返してしまう(汗)。日本ではパリのようには行きますまい。やはり、こういう「厚遇」の下では、そのハードル?を超えて「興味」の世界には行きづらいのかも。
そういえば昔、W君という同僚がいた。当時アメリカ人の彼は在日歴12年。日本語は話せない。タクシーでも飲み屋でも「・・おねぐぁいします」で。日本人女性と結婚しコンドーも購入。新居のコンドーに引っ越したことを契機に日本語教室へ。彼がある日私に告白したのは、教室の仲間に自分は在日歴3ヶ月だと嘘をついた事(思わせたこと)。仲間は皆3ヶ月から半年だったそうだ。12年も住んでいて日本語ができない。あまりにも恥ずかしくて言えなかったのだと。新居に引っ越してから3ヶ月、これ幸いと?、この符合を利用し、「うん、えっと、ここに来てから3ヶ月」と濁したのだと。
彼が住んでいた頃は英語圏の人にとっては黄金時代とも。広告の世界でも英語圏のコピーライターに通訳のアシスタントが付いた。日本語は必要なし。コピーの才能を除けば、英語さえ話せればいい。しかしあれから時代は変わった。経済不況下の日本。日本語がわからないからといってアシスタントを付ける余裕はない。そのために失業した英語圏の人も個人的に知っている。
都合15年位日本に住んでいたという記憶だが、彼も「厚遇」を超えて「興味」に至るタイプではなかったのだろう。彼は10年以上も前に日本を離れ、今は家族全員でアメリカに住んでいる。彼にとってはその方が良かったと、心から思う。
さてと、スローdayも終わり。仕事、頑張らなくちゃ。
