真珠湾史実の語られ方HappyLaughWinking

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1941年12月8日。真珠湾攻撃による日米開戦。先制攻撃した日本が「悪」として語られる時。だが、最近ではアメリカの某略説が巷を賑わせているそうだ。ネット社会のなせる技とのこと。敗戦側がしきりに言い訳をしたがる構図は、まあよくある話。

史実を語る時、こうした言い訳や逆上にも似た保身本能はやめにしなければならない。史料という言葉があるように、史実とはそれらを積み上げ、そこから「事実」を吸い取っていく作業だ。史料は多ければ多いほどよい。

だが、どれだけ多くの史料が存在していても、それを検証して一つの事実を紡ぎ出すのは「人間」。人間から主観を取り除くことはできない。従って、完全なる客観はあり得ない。完全はなくとも、多くの史料の確認作業により、「確実」と思える事、或いは誰もが「共通」な認識なり見解をもつ事は存在する。それがその時点での、その時代においての「歴史認識」「歴史的事実」と言える。

19世紀まで、歴史は「発見理論」が主流だった。レオポルト・フォン・ランケやジョン・アクトンなどが知られている。簡単に言えば、歴史家が何らかの史料を発見し、それを元に史実を書くというもの。私的感情が入り、公平無私、不偏不党、とは言えないものになる。そしてその後は「構成理論」が中心となった。発見理論よりも歴史を見る目が養われるが、それでも尚、主観は存在する。

優れた歴史家はかなり淡々とした論調で書いている。史料を読み込み、史実のパズルに向かう。決して感情論で語ることもなければ、大衆心理に迎合するような結論を導くことはない。

歴史学は物理学や化学ほどに「科学的」にはなれない学問だ。だが、歴史の教科書に出てくる史実を見ると、全てが「覇権争い」や「殺戮」のように血なまぐさい事柄ばかりだ。それもそのはず。そうでなければ、歴史の教科書には載らないのだから。このような視点で歴史の事柄を見つめてみると、特に戦争の場合、それを好んで行おうとするのは誰か。それは「国家」であり「国民」とはいえない。国家とは軍であり、一部のトップのために多くの国民が血を流す、これが戦争の構造である。

日本が悪い、いやアメリカがしかけたなど、稚拙な論を交わすより、戦争の根本に目を向けたいものだ。