18世紀の”婚活”事情


10年03月05日:金 :"なんだかんだ":映画好き
イギリスの作家ジェーン・オースティン。映画化された彼女の作品の中で好きなものは2つある。ひとつは『プライドと偏見』。もう一つは『いつか晴れた日に』。
両者に共通するコンセプトは「婚活」。18世紀から19世紀初頭の中流地主層に生きる女性たちの結婚事情を描いた映画である。この時代を簡単に説明すると、貴族という爵位はないものの、地主としての財産を持ち、働くことは下層の者という考えがあり、基本的に働かない。資産額や名家出身などによって、この階級の中でも多少の上下がある、といったところ。
女性の立場に至っては、21世紀の今と比較するとかなり手厳しいものがある。女性に財産相続権はない。詩の朗読やピアノなど、今で言う「花嫁修業」は女性のたしなみとしてある程度は必須。職業婦人になることは考えられないから、年頃になると、とにかくステキな男性に出会って結婚すること、これに限るという10代、20代をおくることになる。
オースイティンの小説は、この時代の女性たちの現状を、辛辣に、また揶揄を込めながらも愛情をもち、そして滑稽に表しているといえる。
『プライドと偏見』は2005年。主演はキーラ・ナイトレイで、彼女は5人姉妹の次女役。財産は土地のみで、この階級の中では決して資産家とはいえない家の5人姉妹の「婚活物語」である。資産家の独身男性が近くにやってくるという情報を耳にし、舞踏会に娘たちを送り込む母親。社交界に出るにはまだ少々早い末娘が、結婚をゲームのように捉えてはしゃぎ回るあどけなさ。自分の不器量を認め良縁に期待を抱いていない20代後半の女性は、資産家の御機嫌取りに奔走する小区域のしがない牧師と結婚を決める。悪い第一印象から始まりながらも、互いにどこか惹かれ始める気持ちが高まり、だがちょっとしたすれ違い、そしてプライドや偏見により、近づきそうになりながらも離れ、また惹かれる気持ちを感じながらも口論になってしまう男女。互いに惹かれ合った第一印象があるにも拘らず、控えめ過ぎることが仇となり、そこに友人の要らぬアドバイスなどが加わり、関係の進展が見られないままに過ごし、遠回りしてしまう男女。脇を固める俳優陣には資産家役のジュディ・デンチ。彼女の凄みと迫力ある演技も見どころ。5人姉妹をとにかく嫁がせることしか頭にない母親役のブレンダ・ブレッシンの演技は、見ているこちらが少々恥ずかしくなるぐらいに浅ましくて巧い(笑)。
『いつか晴れた日に』は1995年。主演はエマ・トンプソン、ヒュー・グラント。こちらも、お約束、の、女ばかり3姉妹。ある日父親が亡くなる。もちろん母と3姉妹には財産相続権はない。父親の先妻に息子がいて彼が相続権を持つ。父親は死の床で”女たち”のことをよろしく頼むと先妻の息子に言い残すが、息子の妻はしたたかで強欲。遺言なんか何のその、母と3姉妹をさっさと追い出し、家を乗っ取る。それでもどうにか田舎のコテージで新生活を始める母と3人姉妹。だが、男女の運命は複雑に絡み合う。強欲なあの妻の実の弟と、3姉妹の長女が恋仲になっていく。強欲な彼女はもちろん阻止に余念ははいが。なかなか結ばれない二人。様々な”人災”に遭遇し、それらに翻弄される二人。もどかしいばかりの二人に見ている方もイライラが募る(笑)。また、3姉妹の次女も恋をする。一時は本気だったはずの男が、財産がない次女をふってしまう。その次女を優しく見守る男性。果たしてこの恋のゆくえは、といったところ。気の強い次女役にはケイト・ウインスレット。控えめな長女とは対照的で、かなり情熱的な女性を好演している。
映画は両者ともにハッピーエンドを迎える。両オースティン映画は、勧善懲悪に近い。正直者、良い人、優しい人、そういう人たちが最後には必ず報われる。悪い側は経済的に懲らしめられることはないが、精神的には罰が待っている。悪いヤツに苛立を感じても、映画を見た後は、必ずや溜飲を下げること間違い無し(笑)。是非、連続でご覧いただきたい映画である。
アカデミー賞授賞式が近づいてきている。それに因むと、キーラ・ナイトレイは『プライドと偏見』で主演女優にノミネートされたが、オスカーの軍配は『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』のリース・ウィザースプーンに上がった。個人的にはキーラ・ナイトレイの方が良かったと思ったが。エマ・トンプソンも主演女優賞にノミネートされた。だが先のキーラ・ナイトレイと同様にオスカーを逃した。オスカーをさらったのは『デッドマン・ウォーキング』のスーザン・サランドン。こちらは納得できなくはない。
*『いつか晴れた日に』の監督は、アン・リー。カウボーイでゲイという2人の青年の長期にわたる愛を描き、アカデミー賞最優監督賞に輝いた『ブロークバック・マウンテン』の監督である。台湾(確か)人、つまりアジア人の彼が、18〜19世紀のイギリス、いわば西洋の時代劇を描いたという点にも注目したい。
両者に共通するコンセプトは「婚活」。18世紀から19世紀初頭の中流地主層に生きる女性たちの結婚事情を描いた映画である。この時代を簡単に説明すると、貴族という爵位はないものの、地主としての財産を持ち、働くことは下層の者という考えがあり、基本的に働かない。資産額や名家出身などによって、この階級の中でも多少の上下がある、といったところ。
女性の立場に至っては、21世紀の今と比較するとかなり手厳しいものがある。女性に財産相続権はない。詩の朗読やピアノなど、今で言う「花嫁修業」は女性のたしなみとしてある程度は必須。職業婦人になることは考えられないから、年頃になると、とにかくステキな男性に出会って結婚すること、これに限るという10代、20代をおくることになる。
オースイティンの小説は、この時代の女性たちの現状を、辛辣に、また揶揄を込めながらも愛情をもち、そして滑稽に表しているといえる。
『プライドと偏見』は2005年。主演はキーラ・ナイトレイで、彼女は5人姉妹の次女役。財産は土地のみで、この階級の中では決して資産家とはいえない家の5人姉妹の「婚活物語」である。資産家の独身男性が近くにやってくるという情報を耳にし、舞踏会に娘たちを送り込む母親。社交界に出るにはまだ少々早い末娘が、結婚をゲームのように捉えてはしゃぎ回るあどけなさ。自分の不器量を認め良縁に期待を抱いていない20代後半の女性は、資産家の御機嫌取りに奔走する小区域のしがない牧師と結婚を決める。悪い第一印象から始まりながらも、互いにどこか惹かれ始める気持ちが高まり、だがちょっとしたすれ違い、そしてプライドや偏見により、近づきそうになりながらも離れ、また惹かれる気持ちを感じながらも口論になってしまう男女。互いに惹かれ合った第一印象があるにも拘らず、控えめ過ぎることが仇となり、そこに友人の要らぬアドバイスなどが加わり、関係の進展が見られないままに過ごし、遠回りしてしまう男女。脇を固める俳優陣には資産家役のジュディ・デンチ。彼女の凄みと迫力ある演技も見どころ。5人姉妹をとにかく嫁がせることしか頭にない母親役のブレンダ・ブレッシンの演技は、見ているこちらが少々恥ずかしくなるぐらいに浅ましくて巧い(笑)。
『いつか晴れた日に』は1995年。主演はエマ・トンプソン、ヒュー・グラント。こちらも、お約束、の、女ばかり3姉妹。ある日父親が亡くなる。もちろん母と3姉妹には財産相続権はない。父親の先妻に息子がいて彼が相続権を持つ。父親は死の床で”女たち”のことをよろしく頼むと先妻の息子に言い残すが、息子の妻はしたたかで強欲。遺言なんか何のその、母と3姉妹をさっさと追い出し、家を乗っ取る。それでもどうにか田舎のコテージで新生活を始める母と3人姉妹。だが、男女の運命は複雑に絡み合う。強欲なあの妻の実の弟と、3姉妹の長女が恋仲になっていく。強欲な彼女はもちろん阻止に余念ははいが。なかなか結ばれない二人。様々な”人災”に遭遇し、それらに翻弄される二人。もどかしいばかりの二人に見ている方もイライラが募る(笑)。また、3姉妹の次女も恋をする。一時は本気だったはずの男が、財産がない次女をふってしまう。その次女を優しく見守る男性。果たしてこの恋のゆくえは、といったところ。気の強い次女役にはケイト・ウインスレット。控えめな長女とは対照的で、かなり情熱的な女性を好演している。
映画は両者ともにハッピーエンドを迎える。両オースティン映画は、勧善懲悪に近い。正直者、良い人、優しい人、そういう人たちが最後には必ず報われる。悪い側は経済的に懲らしめられることはないが、精神的には罰が待っている。悪いヤツに苛立を感じても、映画を見た後は、必ずや溜飲を下げること間違い無し(笑)。是非、連続でご覧いただきたい映画である。
アカデミー賞授賞式が近づいてきている。それに因むと、キーラ・ナイトレイは『プライドと偏見』で主演女優にノミネートされたが、オスカーの軍配は『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』のリース・ウィザースプーンに上がった。個人的にはキーラ・ナイトレイの方が良かったと思ったが。エマ・トンプソンも主演女優賞にノミネートされた。だが先のキーラ・ナイトレイと同様にオスカーを逃した。オスカーをさらったのは『デッドマン・ウォーキング』のスーザン・サランドン。こちらは納得できなくはない。
*『いつか晴れた日に』の監督は、アン・リー。カウボーイでゲイという2人の青年の長期にわたる愛を描き、アカデミー賞最優監督賞に輝いた『ブロークバック・マウンテン』の監督である。台湾(確か)人、つまりアジア人の彼が、18〜19世紀のイギリス、いわば西洋の時代劇を描いたという点にも注目したい。