成長国の表裏


10年03月07日:日 :"なんだかんだ":映画好き
昨年のアカデミー賞は、ブラピ率いるデヴィッド・フィンチャー監督の『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』が有望視されていたにも拘らず、作品賞や監督賞など主要部門をさらったのは、ダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』だった。嬉しいダークホース、である。
スラム街出身の青年がテレビのクイズショーで賞金を次々に勝ち取っていくというストーリーだ。日本では、みのもんたでお馴染みの「ファイナルアンサー?」という、アレ。
スラム街で育ち、無学のはず、の彼が何故そこまでクイズに正解してしまうのか。インチキ、カンニング、様々な憶測が飛び交い、取り調べまでに発展してしまう。だが、主人公ジャマールの正答継続には理由があった。それはジャマールと同じスラムで育った幼なじみで初恋の女の子ラティカー。子供のときに離ればなれになる二人。だがジャマールはずっと彼女を探し求めてきた。その彼の旅路の中にその理由があり、クイズの出題と彼の人生はピタリと重なるのである。
中国と同様に、経済発展の著しいインド。人口は11億人。だが、成長途上には陰と陽、光と陰はつきものである。この映画でもスラムの様子が映し出される。知識層にしてみれば、インドは一種の”英語圏”。IT業界におけるインドの活躍は世界規模である。それとは裏腹に、こうしたスラムもまだ存在しているのだと感じさせた。
上記の光と陰以外にも、こうした映画で問題視されることがあると聞く。それは、スラム街の子供を映画に起用した後の、”アフターケア”だという。つまり、ギャラの管理の問題である。ハリウッドなど”西側”の映画に出演した場合、スラム生活者にとってギャラは大金である。エージェントが割り込んできて出演料を搾取し、起用された子供にそのお金が行き渡らない、また、映画製作側自身が搾取するケースもあるという。この映画でそんなことはなかったと信じてはいるが。
なかなか見応えのある映画だと思う。過酷な幼少期、そして厳しい生活。だが、それを狂おしいまでの愛でパワーに変え、運命を切り開いて行く感動の物語である。インド映画といえばダンス。エンディングのダンスも楽しい。
明日はアカデミー賞発表。サンドラ・ブロックに是非主演女優賞を取って欲しい。それ以外は今のところ?
スラム街出身の青年がテレビのクイズショーで賞金を次々に勝ち取っていくというストーリーだ。日本では、みのもんたでお馴染みの「ファイナルアンサー?」という、アレ。
スラム街で育ち、無学のはず、の彼が何故そこまでクイズに正解してしまうのか。インチキ、カンニング、様々な憶測が飛び交い、取り調べまでに発展してしまう。だが、主人公ジャマールの正答継続には理由があった。それはジャマールと同じスラムで育った幼なじみで初恋の女の子ラティカー。子供のときに離ればなれになる二人。だがジャマールはずっと彼女を探し求めてきた。その彼の旅路の中にその理由があり、クイズの出題と彼の人生はピタリと重なるのである。
中国と同様に、経済発展の著しいインド。人口は11億人。だが、成長途上には陰と陽、光と陰はつきものである。この映画でもスラムの様子が映し出される。知識層にしてみれば、インドは一種の”英語圏”。IT業界におけるインドの活躍は世界規模である。それとは裏腹に、こうしたスラムもまだ存在しているのだと感じさせた。
上記の光と陰以外にも、こうした映画で問題視されることがあると聞く。それは、スラム街の子供を映画に起用した後の、”アフターケア”だという。つまり、ギャラの管理の問題である。ハリウッドなど”西側”の映画に出演した場合、スラム生活者にとってギャラは大金である。エージェントが割り込んできて出演料を搾取し、起用された子供にそのお金が行き渡らない、また、映画製作側自身が搾取するケースもあるという。この映画でそんなことはなかったと信じてはいるが。
なかなか見応えのある映画だと思う。過酷な幼少期、そして厳しい生活。だが、それを狂おしいまでの愛でパワーに変え、運命を切り開いて行く感動の物語である。インド映画といえばダンス。エンディングのダンスも楽しい。
明日はアカデミー賞発表。サンドラ・ブロックに是非主演女優賞を取って欲しい。それ以外は今のところ?
おかっぱヘアの殺人鬼


10年03月06日:土 :"なんだかんだ":映画好き
「お金と殺人」がストーリーの根幹にある映画を二つ。監督・脚本は、かのジョエル・コーエンとイーサン・コーエン兄弟。一つは『ノーカントリー』2007年、もう一つは『ファーゴ』1996年。
『ノーカントリー』は血も凍るようなプロフェッショナルな殺人鬼。一方の『ファーゴ』は、堂に入った殺し屋家業の動きとは決して言えず、滑稽さをも感じさせるが、シーン後に何とは知れず悪寒が走る。また両者には、音楽・音響面での面白い違いがある。『ノーカントリー』では、音楽らしきものはかなり割愛し、自然に聞こえてくる環境音がメインになっている。だが一方の『ファーゴ』は、サントラが効果を上げる。弦楽器が奏でる哀しげな調べに乗せ、舞台となるアメリカ中部の雪景色が映し出される。時には雪道を走るパトカーとその寂しげなメロディが重なり合う。
『ノーカントリー』で異彩を放ったのは、殺し屋役のハビエル・バルデム。通常、映画で描かれる殺人鬼のヘアスタイルを想像すると、髪は短いか長いか、のどちらかではないだろうか。基本はすごく「男」を意識させる雰囲気。角刈りだったり、ボールドヘアだったり。長髪の場合は、ぎしっと後ろで束ねたストレート長髪、真ん中分けの束ねないロングストレートヘア、ちょっとカールがかかったミディの長さヘア、など、か。
だが、2007年の『ノーカントリー』では、殺人鬼はおかっぱヘア(笑)。演出家、ヘアメーク、キャスティングプロデューサー、何れが活躍したのか、この意表をつくヘアスタイルは、先述の殺人鬼ヘアスタイルの定義を根底から崩したように思う。
このあり得ない?ヘアスタイルは、ハビエル・バルデムとの組み合わせだからこそ”活き”ている気がする(笑)。かなり濃ゆいラテンの目鼻立ちにこのヘア。だが、そもそも二枚目のバルデムなのであり、他の映画では”普通”のヘアスタイルでそのハンサム度合いをしっかりと披露している。
大金の入った鞄を見つけて逃走する男。そのお金を取り戻すために雇われた殺し屋役のバルデム。ピストルやマシンガンが一般的?な凶器になるところだが、この殺人鬼が使う凶器は、ホース先端から圧縮した空気を一気に出す酸素ボンベのようなもの。この不思議な凶器を抱え、無表情でモーテルの廊下を歩く彼の姿はそれだけで恐怖感を煽る。
一方の『ファーゴ』。こちらは、”王道的”な殺し屋ヘアスタイル(笑)。この映画は脚本も素晴らしい。北欧系移民が多いと言われるアメリカ中部の町が舞台のため、話す英語も独特である。夫婦の会話、警察官同士のやりとり、聞き込み時の目撃者との会話は、不思議なリズムと響きがあって、滑稽な会話にすら感じさせる。英語がわからなくともそのユニークさと滑稽さは理解でき、充分楽しめると思う。
また、キャスティングも素晴らしい。最初は偽装身代金誘拐だったはずが、歯車が狂い始めて殺人事件へと発展する。誘拐事件を計画する役のウィリアム・H・メイシー。妻の父親が経営する中古車販売のセールスマネージャーで、いわばマスオさん状態。多額の借金返済に困窮し、偽装誘拐を企てる。誘拐を依頼した男がちょっとした手違いから人を次々と殺してしまう。計画が狂い、刑事まで介入してくる中、戸惑うどうしようもない男、小心者の男、この役をメイシーは巧みに演じている。そして殺人事件の担当刑事にはフランシス・マクドーマンド。妊娠7〜8ヶ月でお腹の大きい敏腕刑事役。アカデミー賞の主演女優賞獲得は大いに納得できる、傑出した演技だった。マクドーマンドの夫役、ジョン・キャロル・リンチもいい。切手の絵柄募集に応募する、のんびりとした専業主夫(多分)役である。出番はほんの5分程度ながらも、彼の存在があるだけで、通常はこの町は平和な町であり、血なまぐさい今回の連続殺人事件は希有な出来事なのだということを教えてくれる。
『ノーカントリー』は、アカデミー賞作品賞、監督賞他を獲得しただけでなく、ゴールデングローブ賞にも輝いた。バルデムは助演男優賞を獲得。『ファーゴ』はマクドーマンドの最優秀主演女優賞、脚本賞を獲得。私個人の意見としては、全体的に『ファーゴ』の方が映画として優れていたと感じる。だが、両方とも見る価値のある映画だと思う。是非ご覧いただきたい。
『ノーカントリー』は血も凍るようなプロフェッショナルな殺人鬼。一方の『ファーゴ』は、堂に入った殺し屋家業の動きとは決して言えず、滑稽さをも感じさせるが、シーン後に何とは知れず悪寒が走る。また両者には、音楽・音響面での面白い違いがある。『ノーカントリー』では、音楽らしきものはかなり割愛し、自然に聞こえてくる環境音がメインになっている。だが一方の『ファーゴ』は、サントラが効果を上げる。弦楽器が奏でる哀しげな調べに乗せ、舞台となるアメリカ中部の雪景色が映し出される。時には雪道を走るパトカーとその寂しげなメロディが重なり合う。
『ノーカントリー』で異彩を放ったのは、殺し屋役のハビエル・バルデム。通常、映画で描かれる殺人鬼のヘアスタイルを想像すると、髪は短いか長いか、のどちらかではないだろうか。基本はすごく「男」を意識させる雰囲気。角刈りだったり、ボールドヘアだったり。長髪の場合は、ぎしっと後ろで束ねたストレート長髪、真ん中分けの束ねないロングストレートヘア、ちょっとカールがかかったミディの長さヘア、など、か。
だが、2007年の『ノーカントリー』では、殺人鬼はおかっぱヘア(笑)。演出家、ヘアメーク、キャスティングプロデューサー、何れが活躍したのか、この意表をつくヘアスタイルは、先述の殺人鬼ヘアスタイルの定義を根底から崩したように思う。
このあり得ない?ヘアスタイルは、ハビエル・バルデムとの組み合わせだからこそ”活き”ている気がする(笑)。かなり濃ゆいラテンの目鼻立ちにこのヘア。だが、そもそも二枚目のバルデムなのであり、他の映画では”普通”のヘアスタイルでそのハンサム度合いをしっかりと披露している。
大金の入った鞄を見つけて逃走する男。そのお金を取り戻すために雇われた殺し屋役のバルデム。ピストルやマシンガンが一般的?な凶器になるところだが、この殺人鬼が使う凶器は、ホース先端から圧縮した空気を一気に出す酸素ボンベのようなもの。この不思議な凶器を抱え、無表情でモーテルの廊下を歩く彼の姿はそれだけで恐怖感を煽る。
一方の『ファーゴ』。こちらは、”王道的”な殺し屋ヘアスタイル(笑)。この映画は脚本も素晴らしい。北欧系移民が多いと言われるアメリカ中部の町が舞台のため、話す英語も独特である。夫婦の会話、警察官同士のやりとり、聞き込み時の目撃者との会話は、不思議なリズムと響きがあって、滑稽な会話にすら感じさせる。英語がわからなくともそのユニークさと滑稽さは理解でき、充分楽しめると思う。
また、キャスティングも素晴らしい。最初は偽装身代金誘拐だったはずが、歯車が狂い始めて殺人事件へと発展する。誘拐事件を計画する役のウィリアム・H・メイシー。妻の父親が経営する中古車販売のセールスマネージャーで、いわばマスオさん状態。多額の借金返済に困窮し、偽装誘拐を企てる。誘拐を依頼した男がちょっとした手違いから人を次々と殺してしまう。計画が狂い、刑事まで介入してくる中、戸惑うどうしようもない男、小心者の男、この役をメイシーは巧みに演じている。そして殺人事件の担当刑事にはフランシス・マクドーマンド。妊娠7〜8ヶ月でお腹の大きい敏腕刑事役。アカデミー賞の主演女優賞獲得は大いに納得できる、傑出した演技だった。マクドーマンドの夫役、ジョン・キャロル・リンチもいい。切手の絵柄募集に応募する、のんびりとした専業主夫(多分)役である。出番はほんの5分程度ながらも、彼の存在があるだけで、通常はこの町は平和な町であり、血なまぐさい今回の連続殺人事件は希有な出来事なのだということを教えてくれる。
『ノーカントリー』は、アカデミー賞作品賞、監督賞他を獲得しただけでなく、ゴールデングローブ賞にも輝いた。バルデムは助演男優賞を獲得。『ファーゴ』はマクドーマンドの最優秀主演女優賞、脚本賞を獲得。私個人の意見としては、全体的に『ファーゴ』の方が映画として優れていたと感じる。だが、両方とも見る価値のある映画だと思う。是非ご覧いただきたい。
18世紀の”婚活”事情


10年03月05日:金 :"なんだかんだ":映画好き
イギリスの作家ジェーン・オースティン。映画化された彼女の作品の中で好きなものは2つある。ひとつは『プライドと偏見』。もう一つは『いつか晴れた日に』。
両者に共通するコンセプトは「婚活」。18世紀から19世紀初頭の中流地主層に生きる女性たちの結婚事情を描いた映画である。この時代を簡単に説明すると、貴族という爵位はないものの、地主としての財産を持ち、働くことは下層の者という考えがあり、基本的に働かない。資産額や名家出身などによって、この階級の中でも多少の上下がある、といったところ。
女性の立場に至っては、21世紀の今と比較するとかなり手厳しいものがある。女性に財産相続権はない。詩の朗読やピアノなど、今で言う「花嫁修業」は女性のたしなみとしてある程度は必須。職業婦人になることは考えられないから、年頃になると、とにかくステキな男性に出会って結婚すること、これに限るという10代、20代をおくることになる。
オースイティンの小説は、この時代の女性たちの現状を、辛辣に、また揶揄を込めながらも愛情をもち、そして滑稽に表しているといえる。
『プライドと偏見』は2005年。主演はキーラ・ナイトレイで、彼女は5人姉妹の次女役。財産は土地のみで、この階級の中では決して資産家とはいえない家の5人姉妹の「婚活物語」である。資産家の独身男性が近くにやってくるという情報を耳にし、舞踏会に娘たちを送り込む母親。社交界に出るにはまだ少々早い末娘が、結婚をゲームのように捉えてはしゃぎ回るあどけなさ。自分の不器量を認め良縁に期待を抱いていない20代後半の女性は、資産家の御機嫌取りに奔走する小区域のしがない牧師と結婚を決める。悪い第一印象から始まりながらも、互いにどこか惹かれ始める気持ちが高まり、だがちょっとしたすれ違い、そしてプライドや偏見により、近づきそうになりながらも離れ、また惹かれる気持ちを感じながらも口論になってしまう男女。互いに惹かれ合った第一印象があるにも拘らず、控えめ過ぎることが仇となり、そこに友人の要らぬアドバイスなどが加わり、関係の進展が見られないままに過ごし、遠回りしてしまう男女。脇を固める俳優陣には資産家役のジュディ・デンチ。彼女の凄みと迫力ある演技も見どころ。5人姉妹をとにかく嫁がせることしか頭にない母親役のブレンダ・ブレッシンの演技は、見ているこちらが少々恥ずかしくなるぐらいに浅ましくて巧い(笑)。
『いつか晴れた日に』は1995年。主演はエマ・トンプソン、ヒュー・グラント。こちらも、お約束、の、女ばかり3姉妹。ある日父親が亡くなる。もちろん母と3姉妹には財産相続権はない。父親の先妻に息子がいて彼が相続権を持つ。父親は死の床で”女たち”のことをよろしく頼むと先妻の息子に言い残すが、息子の妻はしたたかで強欲。遺言なんか何のその、母と3姉妹をさっさと追い出し、家を乗っ取る。それでもどうにか田舎のコテージで新生活を始める母と3人姉妹。だが、男女の運命は複雑に絡み合う。強欲なあの妻の実の弟と、3姉妹の長女が恋仲になっていく。強欲な彼女はもちろん阻止に余念ははいが。なかなか結ばれない二人。様々な”人災”に遭遇し、それらに翻弄される二人。もどかしいばかりの二人に見ている方もイライラが募る(笑)。また、3姉妹の次女も恋をする。一時は本気だったはずの男が、財産がない次女をふってしまう。その次女を優しく見守る男性。果たしてこの恋のゆくえは、といったところ。気の強い次女役にはケイト・ウインスレット。控えめな長女とは対照的で、かなり情熱的な女性を好演している。
映画は両者ともにハッピーエンドを迎える。両オースティン映画は、勧善懲悪に近い。正直者、良い人、優しい人、そういう人たちが最後には必ず報われる。悪い側は経済的に懲らしめられることはないが、精神的には罰が待っている。悪いヤツに苛立を感じても、映画を見た後は、必ずや溜飲を下げること間違い無し(笑)。是非、連続でご覧いただきたい映画である。
アカデミー賞授賞式が近づいてきている。それに因むと、キーラ・ナイトレイは『プライドと偏見』で主演女優にノミネートされたが、オスカーの軍配は『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』のリース・ウィザースプーンに上がった。個人的にはキーラ・ナイトレイの方が良かったと思ったが。エマ・トンプソンも主演女優賞にノミネートされた。だが先のキーラ・ナイトレイと同様にオスカーを逃した。オスカーをさらったのは『デッドマン・ウォーキング』のスーザン・サランドン。こちらは納得できなくはない。
*『いつか晴れた日に』の監督は、アン・リー。カウボーイでゲイという2人の青年の長期にわたる愛を描き、アカデミー賞最優監督賞に輝いた『ブロークバック・マウンテン』の監督である。台湾(確か)人、つまりアジア人の彼が、18〜19世紀のイギリス、いわば西洋の時代劇を描いたという点にも注目したい。
両者に共通するコンセプトは「婚活」。18世紀から19世紀初頭の中流地主層に生きる女性たちの結婚事情を描いた映画である。この時代を簡単に説明すると、貴族という爵位はないものの、地主としての財産を持ち、働くことは下層の者という考えがあり、基本的に働かない。資産額や名家出身などによって、この階級の中でも多少の上下がある、といったところ。
女性の立場に至っては、21世紀の今と比較するとかなり手厳しいものがある。女性に財産相続権はない。詩の朗読やピアノなど、今で言う「花嫁修業」は女性のたしなみとしてある程度は必須。職業婦人になることは考えられないから、年頃になると、とにかくステキな男性に出会って結婚すること、これに限るという10代、20代をおくることになる。
オースイティンの小説は、この時代の女性たちの現状を、辛辣に、また揶揄を込めながらも愛情をもち、そして滑稽に表しているといえる。
『プライドと偏見』は2005年。主演はキーラ・ナイトレイで、彼女は5人姉妹の次女役。財産は土地のみで、この階級の中では決して資産家とはいえない家の5人姉妹の「婚活物語」である。資産家の独身男性が近くにやってくるという情報を耳にし、舞踏会に娘たちを送り込む母親。社交界に出るにはまだ少々早い末娘が、結婚をゲームのように捉えてはしゃぎ回るあどけなさ。自分の不器量を認め良縁に期待を抱いていない20代後半の女性は、資産家の御機嫌取りに奔走する小区域のしがない牧師と結婚を決める。悪い第一印象から始まりながらも、互いにどこか惹かれ始める気持ちが高まり、だがちょっとしたすれ違い、そしてプライドや偏見により、近づきそうになりながらも離れ、また惹かれる気持ちを感じながらも口論になってしまう男女。互いに惹かれ合った第一印象があるにも拘らず、控えめ過ぎることが仇となり、そこに友人の要らぬアドバイスなどが加わり、関係の進展が見られないままに過ごし、遠回りしてしまう男女。脇を固める俳優陣には資産家役のジュディ・デンチ。彼女の凄みと迫力ある演技も見どころ。5人姉妹をとにかく嫁がせることしか頭にない母親役のブレンダ・ブレッシンの演技は、見ているこちらが少々恥ずかしくなるぐらいに浅ましくて巧い(笑)。
『いつか晴れた日に』は1995年。主演はエマ・トンプソン、ヒュー・グラント。こちらも、お約束、の、女ばかり3姉妹。ある日父親が亡くなる。もちろん母と3姉妹には財産相続権はない。父親の先妻に息子がいて彼が相続権を持つ。父親は死の床で”女たち”のことをよろしく頼むと先妻の息子に言い残すが、息子の妻はしたたかで強欲。遺言なんか何のその、母と3姉妹をさっさと追い出し、家を乗っ取る。それでもどうにか田舎のコテージで新生活を始める母と3人姉妹。だが、男女の運命は複雑に絡み合う。強欲なあの妻の実の弟と、3姉妹の長女が恋仲になっていく。強欲な彼女はもちろん阻止に余念ははいが。なかなか結ばれない二人。様々な”人災”に遭遇し、それらに翻弄される二人。もどかしいばかりの二人に見ている方もイライラが募る(笑)。また、3姉妹の次女も恋をする。一時は本気だったはずの男が、財産がない次女をふってしまう。その次女を優しく見守る男性。果たしてこの恋のゆくえは、といったところ。気の強い次女役にはケイト・ウインスレット。控えめな長女とは対照的で、かなり情熱的な女性を好演している。
映画は両者ともにハッピーエンドを迎える。両オースティン映画は、勧善懲悪に近い。正直者、良い人、優しい人、そういう人たちが最後には必ず報われる。悪い側は経済的に懲らしめられることはないが、精神的には罰が待っている。悪いヤツに苛立を感じても、映画を見た後は、必ずや溜飲を下げること間違い無し(笑)。是非、連続でご覧いただきたい映画である。
アカデミー賞授賞式が近づいてきている。それに因むと、キーラ・ナイトレイは『プライドと偏見』で主演女優にノミネートされたが、オスカーの軍配は『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』のリース・ウィザースプーンに上がった。個人的にはキーラ・ナイトレイの方が良かったと思ったが。エマ・トンプソンも主演女優賞にノミネートされた。だが先のキーラ・ナイトレイと同様にオスカーを逃した。オスカーをさらったのは『デッドマン・ウォーキング』のスーザン・サランドン。こちらは納得できなくはない。
*『いつか晴れた日に』の監督は、アン・リー。カウボーイでゲイという2人の青年の長期にわたる愛を描き、アカデミー賞最優監督賞に輝いた『ブロークバック・マウンテン』の監督である。台湾(確か)人、つまりアジア人の彼が、18〜19世紀のイギリス、いわば西洋の時代劇を描いたという点にも注目したい。
iPhoneは楽しい


10年03月04日:木 :"なんだかんだ":楽しや


携帯電話は、絶対にiPhone!!! PCメール、インターネットがパソコンとほぼ同じように使える、いわばパソコンでもある。それに音楽や写真も。住所を入れて目的地に、というGPS的機能もあり、iPhoneを見ながら初めてのレストランに出かけたこともあった。
これまであまりアプリには無頓着に近かった私。でも、最近ではiTunesストアで色々とチェック、チェック。
つい先日、友達からメールがあり、すごく可愛いからこのアプリを買って〜〜、と。さっそくそのURLをクリック。iPhoneだからこそ楽しめるアプリ。すごく楽しくて可愛い。たったの115円。すぐにゲット。ハムスター、犬、猫が登場。そこに向かって喋ると、同じ言葉をオウム返しするアプリ。
以下がそのURL。
http://www.youtube.com/watch?v=0bNlV5wIohY&feature=related
私もさっそくやってみた。
私:「どうして真似ばかりするの?」
ハムスター:「どうして真似ばかりするの?」
私:「なんなのよ?」
ハムスター:「なんなのよ?」
私:「もうイヤ」
ハムスター:「もうイヤ」
・・・・・・・キリがないし、とにかく笑える。このアプリのURLを送ってきた友達の携帯はau。私に買わせておいて、今度会った時にしっかと楽しもうという魂胆(笑)。でも、115円。それに私もかなり楽しんでいるし、情報を教えてくれて感謝。
iPhoneのアプリ制作者の多くは個人なのだろうと想像する。ITに詳しければ、パソコン一つでソフトは作れる。シェアウェアやサードパーティなどのように、個人レベル、SOHOレベルの人たちが活躍する場になっていることは良い事だと思う。
そして先日、iTunesストアを見ていたら、無料ソフトに「禅」というのが。

特に足を組んでの座禅は必要ないらしい。手だけは座禅時の格好にする。手の中にiPhoneを置いて、時間コースを選択して沈思黙考するものらしい。座禅完成度合い?で最後に点数もつくらしい。このアプリのカスタマーレビューはかなり笑えた。
「画面見ちゃうと禅どころではなくなるし、見ないならアプリいらないし、その矛盾が禅なのだろうか」
だそうだ(笑)。無料だからダウンロードしてもいいのだけれど、今回はやめておいた(笑)。